
閑人
空に浮かぶは、十六夜月。 こんな月の夜には、かつてこの地に星降りを企んだ彼奴を斃し自分の元に戻ってきた男の姿を、温もりを刻み付けた、密やかなあの夜を思い出す。 ほんの少しの逢瀬の刻は、己でも驚くくらいにこの身を、心を『女』の其れへと変じてしまったようで。 まんじりともせず独り床に就く夜が、何だか無性に寂しくて。 どうにも寝付けない晴明は、寝所を抜けて渡殿に腰を下ろし、ぼんやりと空に浮かぶ月を眺めていた。 「……ふう。」 扇を口元に当て、小さく溜息を吐いた晴明の傍に、神妙な面持ちの綱が近付いて来る。 「おや……こんな刻まで起きていらしたか。」 「まぁ、なんだ?月を愛でて、という訳でもないが……折角だ、たまには儂に付き 合ってはくれぬか?晴明。」 言いながら片手で徳利を持ち上げると、ちゃぽん、と水音が響いた。 「……珍しいですね。いいでしょう。」 微かに笑った晴明の隣に、綱が腰を下ろして杯を渡す。 「ありがとう、綱。……では、お先に戴きます。」 注がれた酒を口に含む晴明のその仕草が、何とも艶やかで。 それが今は喪われた、彼の男の為であると綱は薄々勘付いていた。 「晴明……その……なんだ、主は堅苦しくていかんと思っておった。まぁ……それが、主の性格と言えばそうなんだが。」 日頃の性情を鑑みるとらしくない、どうにも歯切れの悪い言い方をする綱に、晴明が訝しげな表情を見せる。 「だがのう……そうやって、物思いに耽る姿は、やはり女よ、と改めて思う。」 「……。」 ―――しのぶれど色に出にけり、か。 普段言い慣れぬ言葉が己でもむず痒いのか、頭を掻く綱に晴明は小さく溜息を吐いた。 その物憂げな表情が、綱の内に一つの衝動を湧き上がらせる。 「……晴明。」 常にない―――抑えてはいるが、凄味を含んだその声音に怪訝な顔をする晴明であった……が。 「……?!」 突然何を、と思った刹那、晴明の身体は床に組み敷かれていた。 「主は分かっておらぬ。……その様がどれだけ、男を誘うのか。」 搾り出すような声で呟いた綱の言葉に、晴明が眉を顰める。 「綱、戯れは止しなさい。酔うておられるのか?」 静かに諫める晴明であったが、綱は捕らえた手首を離そうとしない。 「酔うた、か……そうだな。儂らしくもないが。」 自嘲の笑みを浮かべると、晴明の衣を強引に剥ぎ取った。 「儂が酔うたのは……晴明、という名の美酒のようだ。」 些か酒臭い、熱い吐息が耳元にかかり、晴明が顔を背ける。 「綱…っ…戯言を…くぅっ…!!」 己の意思でその身を獣に変じた代わりに、尋常ならざる力を手にした綱の戒めから逃れるのは、たとい晴明とて難しい。 両手首を纏めて押さえつけられた晴明の胸元に、何やら冷たいものが当たる。 ―――綱が、空いた手で徳利の酒を垂らしていた。 「なっ……んっ…!!」 ぴちゃりと音を立て、獣の舌が白い肌を辿って酒を舐め取っていく。 「…ふっ……んんっ…。」 不可思議な感触に、晴明が身を竦ませて切なげな吐息を漏らした。 「綱……止め…っ……。」 晴明は首を振り、何とか綱を押し留めようとするが、綱は意に介さず晴明の肌を杯代わりに、酒を零しては啜っていく。 「やっ…あぁっ……!!」 胸元から腹、そして次第に密やかなる女の部分へと酒が伝うに至り、瞠目した晴明であった……が。 「おや……主も、男の匂いに酔うておったか。」 明らかに酒以外のもので濡れている其処に、綱の生温かな舌が触れる。 「…あ、っ……!!」 びくり、と身を強張らせる晴明の雫を、綱は丹念に舐め取っていった。 綱の舌が花弁を幾度も拭うが、滾々と湧き出る蜜は絶える事無く。 晴明から立ち上る色香は滴らせた酒と相まって、綱を酔わせていった。 「んっ……ふ、…はぁっ……っ…。」 酒の香りに当てられたか、はたまた肌を通して呑まされてしまったか。 晴明の身体は火照り、綱の些細な愛撫にも敏感に反応してしまう。 頬を仄かに朱に染めた晴明の吐息は艶を帯び、次第に早く、荒くなっていく。 ともすれば嬌声が上がりそうになるのを押し殺そうと、口元を手で覆った。 卑猥な水音と熱い喘ぎが入り混じり、濃密で淫らな空気を醸し出す。 「く……ぅんっ……ふぅっ……。」 柔らかな秘肉を掻き分け、剥き出しにされた花芽を舌先で転がされ、晴明の唇が戦慄いた。 「……綱……っ…。」 綱の衣に縋り付きながら掠れた声で呟いた晴明の、常日頃の凛とした彼女からは想像出来ない、泣き出しそうな表情。 潤んだ瞳で見つめるその様が、ひどく綱の情欲を擽る。 口付ける代わりに、唇の周りを辿るように舌を這わせた。 「ふぅっ……んっ…。」 鼻にかかった甘い吐息が漏れ、晴明が目を細める。 ―――頼光は、斯様に艶やかな顔を知っておったのだな。 そう思うと、今はこの場にいない彼の男が少々羨ましく、そして妬ましかった。 「綱……。」 耳を擽る、甘えたような声で名を呼ばれ、綱はそろそろ頃合だと察する。 そそり立った逸物を取り出すと、晴明の両脚を抱え上げ、露にした秘所に溢るる蜜を先端に絡めていった。 押し当てられた男根の熱さに身を強張らせた晴明であったが、周囲を撫でるだけで肝心の蜜壷に到達しない其れの動きに焦らされる。 「…やっ……もう…っ…。」 やるせなげに首を振り、晴明は言外に続きを促す。 その様に欲望を刺激された綱は、しとどに濡れそぼった晴明のとば口に己を押し当て、おもむろに侵入していった。 充分に慣らされた女陰は、ぐちゅ、と湿った音を立ててさほど苦痛もなく綱を呑み込んでいく。 「うっ……ふぅ…ん……。」 頼光を喪って以来、久しく迎え入れていなかった雄の感触。 己が女の部分を満たす、硬く熱い肉が晴明の官能を高めていった。 「くっ……なかなか、具合が良いのう……。」 根元まで晴明の内に埋めた綱が、襲い来る快楽に耐えつつ評する。 熱く蠢き、心地良く己を締め付けてくる感触を存分に味わいながら、一旦ゆっくりと引き抜き、再び奥深くまで貫いた。 その衝撃に晴明の身体が揺れ、薄く開いた唇が震えて切なげな喘ぎが漏れる。 「…っ……あ、ああっ……んっ…。」 逸物が最奥を突く感触に、思わず大きな声を上げそうになった晴明が己の指を噛んで堪えた。 声を押し殺し、堪えようとすればする程、感覚は鋭敏になるようで。 ほんの少しの動きにも、喩えようのない疼きが晴明の背筋を駆け抜ける。 繋がり合った処から湧き上がる熱が、徐々に互いの理性を蕩けさせていった。 「あ、あっ……はっ……ぅんっ…。」 綱の楔が穿たれる度、晴明が絶え絶えに甘い息を吐く。 その身体の奥底からは止め処もなく淫水が滲み、綱の動きを助けている。 十六夜月の下に照らし出されるは、絡み合う二人の影。 静寂の中に響くは、渡殿の床が軋む音と、淫らな水音。そしてどちらのものともつかぬ荒い息。 深く、浅く交わり続けながら、共に高みへと昇りつめていった。 「……くっ……!!」 津波の如く押し寄せる衝動に身を委ねると、綱は腰の動きを止め、滾りを晴明の中へと解き放つ。 「んっ……くぅ……んんんっ……!!」 己が身の内で熱いものが爆ぜるのを感じながら、晴明は衣の裾を噛み締め、必死に声を抑えて達した。 久方振りに味わった強烈な感覚に晴明は二、三度身体を戦慄かせ、そうして弛緩して崩れ落ちる。 身体を襲う気怠さに身を任せると、そのまま晴明の意識は遠のいていった――― 何やら柔らかなものが頬に触れる感触に、晴明は目を覚ました。 咄嗟に辺りを見回すと……其処は、見知った己の寝所。 どうやら気を失った晴明を綱が此処まで運び、身体を清めて夜具に寝かせていたらしい。 晴明の頬に掌を添え、心配そうに顔を覗き込んでいた綱が、ほんの少しだけ安堵の表情を垣間見せたが、刹那険しい顔をしてみせる。 「儂は……詫びる気はないからな。」 きっぱりと言い放たれた、開き直りとも取れる綱の言葉に晴明は眉を顰めた。 「些か衝動的ではあったが……主を欲しいと思った気持ちに、偽りはない。それに……。」 そこで一呼吸置いて、言い難そうに綱が続ける。 「その……主も、心の奥底では、共寝の相手を求めていたのであろう?」 思いがけぬ綱の指摘に、晴明がはっと瞠目した。 「主が本気で抗えば、儂とて無事には済まぬ。ならば……儂を受け容れたは、主の意思。」 真っ直ぐに己を捕らえる、金色の瞳―――己の気持ちに正直な、男の眼。 姿形は異なれど、その強き意思を秘めた眼差しは、彼の男に似てなくもない。 「……私も、酔うておりました。……ただ、それだけです。」 顔に掛かる長い黒髪を煩わしげに掻き揚げながら、小さく溜息を付いて晴明が呟いた。 「そうだな……互いに、酔うておった。」 こくりと頷いた綱の表情を窺いつつ、晴明は静かに言葉を続ける。 「今宵の事は……酔うた者同士が見た一夜の夢。その事、お忘れなきよう……。」 「……分かっておる。」 小さく嘆息すると、綱はゆっくりと立ち上がった。 「貞光あたりに見つかると厄介ゆえ、儂はさっさと退散するとしよう。」 晴明に背を向けると、振り返る事無く、ひらひらと片手を振って部屋を出て行った。 「……。」 遠ざかる足音を聞きながら、晴明は己の胸元に手を当てる。 「頼光……。」 微かな声で呟くは、唯独り……真に愛おしき男の名。 「我が身を、斯くも心弱く、浅ましき女へと変じてしまった事……お恨み申し上げまする。」 頬を伝い落ちる涙を拭おうともせず、晴明は嗚咽を漏らし続けるのであった。 |