閑人
始まりは、取引に過ぎなかったのだ。 それが何故、其の意味を変じてしまったのか……分からない。 かつて時の朝廷に仕えていた、死を創り出す事に長けた類稀なる巫術士―――源頼光。 永き眠りに就いていた彼の者が、ちはやぶる四天の御魂を捧げられ、再び現世へと顕現した。 「よくぞ黄泉がえられた、古の巫術士よ。」 恭しく頭を下げた、卓越した巫の力を秘めた眼前の人物に頼光は刮目する。 艶やかな髪に半分隠れてしまっているが、男にしては秀麗な眉目、些か高めの声。 狩衣を纏ってはいるものの、明らかに分かるその胸元の膨らみ……女、か。 「ともに参ろうぞ。」 『安倍晴明』と名乗った女は、都を守護する陰陽師だと言った。 其の望みは、都を脅かす妖鬼どもを倒し、そして―――白き巨妖を滅ぼす事、と。 「……事情は分かった。だが……。」 かつて己に仮初の命を与え、妖鬼退治を課した彼の姫君を脳裏に思い起こす。 そして今……再び己を黄泉がえらせた目の前の女人は、またしても贖罪を理由に使役するか。 安寧の眠りを妨げられたという不機嫌さも手伝って、頼光は暫し考えあぐねる。 「我に力添えを求めるのであれば、それなりの対価を求めても宜しいか?」 「……何で御座いましょう。」 眉を顰め、頼光の表情を窺う晴明の腰に手を回すと、己の傍へと抱き寄せた。 突然の事に戸惑う晴明の耳元に、揶揄する声が注ぎ込まれる。 「代償として、我に貴女の身体を供せよ、と言ったら……如何する?其れだけの覚悟がお有りか?」 心を試すかのような言葉に晴明は刹那瞠目したが、微かに笑みを浮かべて頼光を見据えた。 「我が身一つで、都といういとし子を護る刃を手にする事が出来るのであれば……容易い事に御座います。」 「……ならば、決まりだ。」 拒絶すれば其れを理由に断れば良い、と思っていた頼光は、迷わず応じた晴明の潔さに舌を巻く。 嘆息しつつも奉魂の剣を取り、血の匂いに惹かれて現れた妖鬼を滅するべく向かっていった。 晴明の庵へと連れて来られ、己が眠りに就いて後の、これまでの経緯を一通り聞き終わる頃には既に日も落ちていた。 用意された部屋へと案内された頼光は、座して先刻の話を整理する。 かつて己が仕えていた―――結界に守られし都とは、全く理を異にしている事を受け容れるには少々時間が掛かった。 そして考えは次第に己を呼び覚ました美しき陰陽師……晴明の事に至る。 奉魂の場にて向けられた、彼女の真摯な眼差しを思い出して頼光は首をひねった。 ……彼女は、何者であろうか? 力を乞う為に、其の身を差し出す事すら厭わなかった―――尤も、言葉の全てを本気にした訳でもないが。 穢れた地上には今なお魑魅魍魎が跋扈し、人々を脅かしているというのであれば、頼光とて力を貸すのはやぶさかではない。 だが……頼光の思考は、部屋にやってきた貞光―――まだ幼さを残した少女でありながら、水の気を司る四天の一人という―――に遮られた。 「頼光さま、夜分恐れ入ります。……晴明さまがお呼びに御座います。」 「……こんな時間に、何の用ぞ?」 「妾には判りかねますが、晴明さまは『先刻の代償を』と申し上げればお分かりでしょう、と。」 貞光の口から出た思いがけぬ言葉に、頼光は瞠目する。 「……分かった。参ろうぞ。」 小さく溜息を吐いて立ち上がると、貞光は安堵の表情を見せて言った。 「それではご案内いたしますゆえ……どうぞこちらへ。」 先導する貞光に付き従い、頼光は晴明の寝所へと向かう。 よもや晴明が先刻の言葉を真に受けたは思わず、困惑を隠せない頼光であった――― 「失礼致します。……晴明さま、頼光さまをお連れ致しました。」 晴明の意図を考えあぐねているうちに、頼光は晴明の寝所へと通される。 其処には、単姿の晴明が静かに座していた。 「ありがとう、貞光。今宵はもう下がりなさい。」 「分かりました。それでは……お休みなさいませ。」 慇懃に頭を下げる貞光を見送ると、晴明は改まって頼光に向き直る。 「お待たせ致しました。……先刻の言葉通り、僭越ながら貴方に此の身を捧げさせて頂きます。」 床に手を付き、静かに伏して宣した晴明に、頼光は刹那言葉に詰まった。 「……本気であるか?」 「約定を違える訳にはまいりませぬ。」 「我は……『死』という穢れに満ちた存在であるぞ?斯様な男に其の身を供して……後悔はせぬか?」 念を押す頼光の言葉に、晴明はゆっくりと首を振る。 「……四天は貴方の復活の為に、貴方に其の魂を捧げてくれました。ならば……私が身体を捧げる程度、何を憂う事がありましょう?」 そう言って微かに笑った晴明の顔に、迷いは無い。 ―――都を護る為なら春を鬻ぐ事すら厭わない、か。……全く、大した御仁だ。 女だてらに都でも屈指の陰陽師として上り詰めたのは、其の手腕のみならず、という事やも知れぬが。 頼光は大きく嘆息して腹を括ると、晴明の身体を抱き寄せて強引に唇を重ねた。 「…ふっ……んんっ……っ…。」 突然の事に刹那瞠目する晴明であったが、直ぐに瞳を閉じて口付けに応じる。 たどたどしい其の様子に、彼女が色事に慣れている訳ではないと直感した。 「……我が力を得る代わりに、都随一の陰陽師が白拍子の真似事とは……まあ、其れもまた一興、か。」 微かに嘲りの笑みを浮かべると、頼光は晴明の身体を夜具へと組み敷く。 戸惑いの表情を浮かべる晴明の衣の襟を開き、豊満な胸に掌を添えてそっと包み込んだ。 そのままゆるゆると揉みしだきながら中心の突起を弄ると、晴明が頬を朱に染める。 「……男の装束を纏っている割に、身体の方はしっかりと女であるな。」 「ひゃっ……っ……!」 言いながら頼光が硬さを持ち始めた突起を口に含み、舌で舐り上げると小さく悲鳴を上げ、慌てて口元を押さえた。 「ふむ……なかなか良い声で啼く。」 「っ……!!」 揶揄する頼光の言葉に頬を染めて顔を背ける様が、ひどく艶かしい。 「……あ、…っ……。」 もう片方の乳房も同じように舐られ、漏れそうになる声を必死に堪えつつ、やるせなげに首を振る晴明の姿が欲をそそった。 「堪えずとも良い……其の声、もっと聞かせて貰おうぞ。」 己の口を塞いでいた晴明の手を退かし、低く耳元に囁きながら、頼光は晴明の身体を探るように掌で辿っていく。 「あ、あっ……。」 感じる処を攻められる度に唇から零れる、あえかな啼き声も耳を擽り頼光を煽った。 掌は脇腹に触れ、臍をなぞり、腰を伝い大腿を撫で上げ、そうして徐々に女の部分へと近付いていく。 「!!……やぁっ……?!」 身体を強張らせた晴明の女陰にそっと触れると、既に其処はしっとりと潤いを湛えていた。 「……反応も、好いようだな……。」 掠れた声で囁くと、愛液で滑る秘裂を指先で辿り、花弁を掻き分けて蜜口を探る。 「っ……!!」 頼光の指が内に侵入してくる感触に瞠目する晴明の額に、頬にと幾つもの口付けを落とした。 「あ、っ……っ……。」 戸惑う晴明の耳朶を唇で食み、首筋に舌を這わせながら女陰を弄り続ける。 「…んっ……ん、っ…ふぅ……。」 鼻にかかった甘い吐息を漏らす晴明の身体の奥からは、とろとろと蜜が滴り落ちて頼光の指を濡らし、動きに合わせて淫らな水音を奏でていた。 「……これだけ慣らせば充分か。」 嬲っていた指を引き抜くと、頼光は指先に纏わりついた愛液を舐め取る。 其の様が己の淫猥さを見せ付けているかのように見えて、晴明は直視出来ず目を逸らした。 「……晴明、此方を見よ。」 晴明の顎を捕らえると強引に己の方を向かせ、其の唇を封じる。 「んんっ……っ…。」。 己の流した淫らな蜜の味が口移しに伝わり、晴明の瞳から羞恥の涙が伝い落ちた。 漸く解放されて脱力し、荒い息を繰り返す晴明の両脚を抱え上げると、淫らに濡れそぼる花弁に己を押し当てる。 「っ……!!」 其の熱に身を竦ませた晴明を宥めるように頬を撫でると、頼光は腰を進めていった。 「くっ……ぅ……!!」 身を引き裂かれるかの如き激痛に眉を顰め、悲鳴を堪えるべく指を噛む。 きつく己を締め付ける晴明の内の狭さと苦悶の表情に、頼光は未だ彼女が生娘であったと悟った。 一度逸物を引き抜くと、淫水と血が混じったものが女陰から伝い落ちていく。 すっかり血の気の失せた晴明に驚愕の眼差しを向け、そして―――如何ともしがたい苛立ちが、頼光の内に湧き上がってきた。 都の存続……ただ其れだけの為に、己のような穢れた男に純潔をも捧げるというのか。 「……何故、ここまでして都を護ろうとする?」 父の寿命を果たす、という……時の朝廷の命に背いた為に追われた頼光にとって、其れは理解出来ぬ疑念。 「さあ……何故でしょう。」 蒼褪めてはいるものの、気丈にも頼光を見据えたまま、晴明が微か笑って呟く。 「……。」 この期に及んで謎掛けに付き合う気は無い。些か乱暴に唇を奪いながら、頼光は再びゆっくりと己を埋めていった。 「ふっ…うぅ……、んっ……。」 再び身の内に雄を受け容れさせられる苦痛に、夜具を掴む手に自然力が篭る。しかし口を塞がれているお陰で、声は上げずに済んだ。 熱い肉塊を深々と咥え込まされたまま身体中を掌で弄られ、感じて反応を示す処を攻められる。 「やっ……あ、あっ……!」 いつの間にか解放されていた唇からは、僅かに甘さを含んだ喘ぎが漏れ始めた。 己の身体を襲う初めての感覚に、びくん、とあからさまに身を震わせる晴明の秘部が再び愛液を湛えてきたのを確かめると、頼光は少しずつ動き始める。 「……くっ……ぅんっ……。」 未だ苦痛は伴うものの、内壁を雄が擦る感覚に徐々に慣れていった。 「あ……はぁっ……あっ…っ……。」 唇から紡がれる言葉にならない声は次第に艶を帯び、心地良く頼光を酔わせていく。 身体の奥底からは止め処も無く愛液が滲み出し、頼光の動きを助けていった。 一つになった処からじわじわと広がっていく熱が、晴明の思考を侵食し、蕩けさせる。 辺りに響く淫らな音も、触れ合う肌の感触も、雄と雌の入り混じった匂いも、全てが互いの情欲を煽る事に他ならない。 身体の奥底から湧き上がった不可解な感覚に襲われて、晴明は唇を戦慄かせて頼光の首に腕を回して縋った。 「あ、はっ……ああああぁっ……!!!」 甘い嬌声を上げながら身体を弓なりにしならせ、先に達した晴明の内が収縮し頼光をきつく包み込む。 「っ……!!」 其の締め付けに促されるまま、頼光は熱い滾りを注ぎ込んだのだった。 身体を繋げたまま、二人は暫し絶頂の余韻に浸る。 「……っ……。」 頼光がゆっくりと身体を起こして己を引き抜くと、血と蜜……そして精が混じり、女陰から溢れて夜具を汚していった。 「……これで、ご満足いただけましたか?」 汗と涙で顔に貼り付いた髪を掻き揚げながら起き上がると、晴明が掠れた声で問う。 たった今まで辱めを受けていたとは思えぬ凛とした眼差しに気圧され、頼光は息を呑んだ。 『死』という穢れが澱の如く溜まった己を受け容れて尚、気高さを喪わない女。 この女の傍に在れば……己が穢れた存在だと忘れることが出来るであろうか。 己が内に積もり積もった穢れを、其の身で祓い清めてくれるのであろうか。 「ああ……気に入った。」 晴明の柔らかな身体を抱き寄せながら、頼光は噛み付くように口付けた。 薄く開いた晴明の唇の隙間から差し入れた舌で歯列をなぞり、晴明の舌を絡め取る。 ようやく唇が離れると、名残惜しげに透明な糸が二人の間を繋いでいた。 頼光はそのまま晴明の首筋へと口付けを落としながら、あたかも己の物だという印を刻むが如く、白き肌に幾つもの痕を残していった。 「貴女の身体、これからも我に供して頂こう。」 「なっ……?!」 思いもよらぬ頼光の言葉に、晴明は瞠目して頼光の顔を見る。 「貴女が拒まぬ限りは、我も助力を惜しまぬ。さあ……如何する?」 真直ぐに己を見詰める晴明の曇りなき瞳が、己の浅ましさを糾しているように感じた。 ―――何とも愚かしき事を。力を盾に身体を求め、そうして心をも手に入れたと錯覚するおつもりか? それは驕りに過ぎない。……己でも判っている。それでも、我は……。 「晴明……如何する?」 もう一度低く囁きながら、頼光は唇で耳朶を軽く食む。その感触に晴明が小さく身体を震わせた。 「……分かりました。貴方の仰せのままに。」 刹那間を置いて小さく嘆息すると、晴明は諦観の表情を見せて諾する。 「では……これは、約定の証。」 言いながら頼光は晴明の胸に顔を埋め、左の乳房に一際鮮やかな紅色の痕を残した。 「この痕が消えぬうちに、我は再び貴女を求めようぞ。」 「……ご随意に。」 「初めての情交では、御身が辛かろう。今宵はこれまでにしておこう。」 頼光は晴明を解放すると手早く己の身を清め、単を羽織りながら立ち上がって背を向ける。 部屋を出て行く直前、長い髪を揺らしながら振り返った頼光は低く押し殺した声で晴明に言った。 「以後、我が貴女を求める時は直接此処に通おう。……それで宜しいか?」 「……御心のままに。」 「……。」 感情の篭らない声で答える晴明を一瞥すると、頼光は黙って寝所を辞す。 遠ざかっていく頼光の背中を見送って、晴明は小さく溜息を吐いた。 都を護れる刃を手にする見返りに身体を供する程度の事、何を躊躇う事がある。 ―――そう頭では割り切っていたつもりでも、心は……ままならぬ。 此の身が女であるというだけで味わわされる屈辱に嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えながら、晴明は汗と体液に穢れた己の身を清め始めたのだった。 本意ではあらぬ筈の交わりが、思惑が……変わっていったのは、何時からであろう……。 其れは、本人達にも与り知らぬ事――― |