リン…リン…
微かな鈴の音が聞こえる。
遠いような近いような可愛らしい音。
もちろんそれが誰のものかは分かっているし、可愛らしい音色とはうってかわってそれが凶器になり得ることも十分理解している。
幼い頃から聞き慣れたその音。
けれど不思議なもので日に日に音が違うような気がする。
リン…リン…
音は続く。
けれど持ち主の姿はこの部屋の何処にもなかった。
どうやら鈴の音は部屋の外にある崩れかけたベランダから聞こえてくるようだ。
どうやらそこが最近の花月のお気に入りらしい。
コンクリートの肌がむき出しになり、けれど静かなその場所。
月が綺麗に見えるのだ。
『落ち着く』
と花月は言う。
花月いわく『十兵衛横の次に落ち着く場所だよ』……。
だから十兵衛が迎えに行くとすぐに腕におさまる。
その言葉を聞いて十兵衛の顔にまったくの変化はなかったものの、心中穏やかではなかった。
本当に理性の鎖があるのなら後一歩で引きちぎられる寸前。
十兵衛本人もよく押さえたと思っている。
でも大概そこに花月がいる時は考え事をしている時で、邪魔してはいけないと行動をとどめる。
けれど、今日は寒いから風邪でもひいたらいけないという心配から遠慮がちに声をかけてみた。
「花月」
後ろからかけられた見知った声に花月はゆっくりと振り向いた。
リンと一度鈴は哭いて音をとめた。
どうやら花月が指で遊んでいたらしい。
月の光に照らされて花月はまるで発光しているように綺麗だった。
うすぼんやりと銀色の何かが纏うようなその光景は、幼い頃に読んだかぐや姫の挿し絵によく似ていた。
月に帰ってしまう時のやりきれない気持ちに、幼いながらひどく胸が締め付けられた覚えがあった。
一瞬花月が消えてしまいそうで恐かった。
「花月…。」
腕を引き寄せ抱き締める。
薄ら寒い風が二人を撫でる。
「あったかいね、十兵衛は。」
十兵衛の胸に顔を埋めながら甘えてくる花月が愛おしかった。
互いの鼓動が伝わる。
生きているということを実感する。
強く強く抱き締めて絶対に守ってみせると誓う。
言葉に出すとあまりに陳腐だから自分の心の奥底に埋め込むその誓い。
『花のように強くあれ』
『月のように静かであれ』
それが花月の名前の由来であった。
昔花月から聞かされた言葉。
花月の母が付けたその名は十兵衛の耳に心地よかった。
「花月…中に入ろう、風をひくぞ」
ふいに花月のからだが冷えきっているのに気付いてそう促した。
ふと、月の光が雲に隠され陰った。
言い様のない不安に襲われ腕の中の花月をもう一度抱き締めた。
「苦しいよ…十兵衛…。」
身じろぐ身体をさらに包み込む。
花月の頭を自分の胸板に押し付けて名前を呼ぶ。
「何処にも行くな…」
狂おしい程の情が胸に込み上げる。
「僕は何処にも行かないよ?」
きょとんとして見上げてくる。
さわさわと風がなる。
「十兵衛…、何か気に触るようなことでも言ったかな…。」
よほど悲壮な顔をしていたのだろうか?花月が心配そうな目で見上げてきた。
「違う…。お前が悪いんじゃない」
風で頬に顔にかかる髪を優しくかきあげてやる。
そして一言。
「花月が…消えてしまいそうに思えた。」
「過保護だなあ…十兵衛は。」
クスクスと笑いながら嬉しそうに花月は自ら背に腕をからめてきた。
「大丈夫。僕はずっと十兵衛と一緒だよ」
背伸びをして耳もとでそっと囁かれたその言葉はどこまでが真実でどこまでが嘘なのか。
『月からの使者が参ります』
そんなことは一言もいわないけれど、もし使者がくるならばあの物語のように使者を迎え撃とう。
あの物語のように慈しもう。
あの物語のように……。
「ん…。」
気がつけば花月の唇を塞いでいた。
最初は啄むような軽いもの。
花月もゆっくりとめを閉じてそれに答える。
何故こんなにも側に置きたい欲求にかられるのか。
「っ…十兵衛……。」
ようやく唇を解放されて花月はゆっくりと十兵衛を見上げた。
赤く色付く唇が……ひどく熱を煽る。
「……続きは…?」
静かに花月は言った。
このまま…という流行る気持ちを十兵衛は押さえ、花月の耳もとに囁いた。
「中へ……。」
低くはリのある十兵衛の声は幽かな毒を含んでいるのかもしれない。
抗いきれない呪詛めいたその声は酷く耳に心地よい。
脳裏を駆け巡るその麻薬じみた響き。
花月はコクリとうなずくと十兵衛の首に縋った。
ふわりと花月の身体を持ち上げる十兵衛。
細みの身体はなんなく十兵衛の腕の中におさまった。
ゆっくりと花月を部屋の中へ運ぶと、そのままベットにおろした。
「疲れてないか…?」
どこまでも自分を気づかう男に花月は苦笑する。
「大丈夫…。」
にこりと笑い直し…そしてゆっくりと身体の力を抜いた。
着衣のほとんどを乱され、その肢体を露にされると花月は羞恥心を耐えるように顔をついッと横に向けた。
露になった白いうなじに唇を寄せ、次に左耳に近付けた。
そうしておきながら、花月の髪止めを後ろだけはずす。
何がおこるか分からないこの無限城で獲物をはずすのは何が何でも危険すぎた。
守るとちかった手前上少しでも危険にさらすようなことはしたくなかった。
「んっ……」
耳たぶに軽く歯をたてるとピクンと花月が反応を返した。
犬歯をたてたところを優しく癒すように口付けるとぎゅっと目を閉じる。
その様が酷く可愛らしい。
指先でゆっくりと首筋をなで下ろす。
流れるような動きで滑り降りたその指は胸へと辿り着いた。
「ふ…んっ…ぁ」
花月の頬にかる唇を寄せていた十兵衛は、軽くあがった花月の声に唇を移動させた。
指の軌跡を辿るように徐々に降下する唇。
首筋には一日で消えるものを、胸元にはきつく残る所有印。
強く弱く吸い上げると花月の息がはずむ。
紅い飾りを指先が見つけると、唇はそちらへと向かった。
「あ、…やぁんっ…は…あ…っ」
柔らかく含まれて花月はあっさりと音をあげる。
左が弱いことはこれまでの付き合いで分かっていたからそこを重点的に十兵衛は攻めた。
「あ…じゅ…十兵衛ぇっ…っ」
そうすると少し舌ったらずな口調で花月は十兵衛の名を呼ぶ。
そしてたおやかなその手で十兵衛の頭をどかさそうとする。
けれどそれは弱々しい反射的なもので、十兵衛をどかすにはいたらない。
「あ…いやっ…ああっ」
緩やかに吸い上げると花月の背が跳ねた。
ぞくりぞくりと止めどなく這い上がる快感に花月は声をあげる。
つややかなその声は十兵衛を駆り立てるには十分すぎるもの。
そのことを、花月は分かっているのかいないのか。
声を押さえることもなく快楽を素直に表現する。
普段はめったにさらすことのない心のうちをこの時は素直に出す。
それが十兵衛にとってはうれしいことだった。
偽らなければならない日常から花月を解放してやれる唯一の時間だと思う。
ここ最近の緊迫した状況の中、花月を快楽に狂わしてやりたかった。
忘れられるように。
一瞬でもいい。
ただ、何も考えられないようにしてやりたい。
「…花月…」
幸せだったあの頃には戻れないけれど、せめてやすらぎを。
指先はゆるゆると下腹にむかう。
ただ、唇は胸部にとどまったままだ。
花月が首を緩慢に振るにつれてつややかな髪が鮮やかな模様を彩る。
「あ…やあっ」
断続的にもれる甘い嬌声がふいに高く跳ね上がった。
十兵衛の左手が花月の熱を優しく包み込む。
軽く掌で包まれているだけなのに、そこから広がる波に花月はのまれそうになる。
「は…あぁっん…ああっ」
いつの間にか十兵衛の頭は下肢に移動し、うずきをいきなり口に含まれた。
生暖かい感触に花月の身は反り返った。
「あ、やっ…だぁめっ…十兵衛っ…ぁっ」
生理的な涙が花月の目に浮かび、それすらも艶かしい光を放つ。
震える腕で十兵衛の頭をどかそうと手をつくが、力の入らないそれでは何の意味もなかった。
十兵衛の髪をきゅっと掴み、沸き上がる快楽に大きく身体を震わせる。
呼気が早まる。
「あっ…も…もうっ…」
花月の声が泣きそうになる。
もちろんそれは快楽のためであって苦痛ではない。
「や、十兵衛…いっ…しょ…にっ…あ」
花月は十兵衛と一緒に遂げることを望んでいるのだ。
花月のその声を聞くと十兵衛は一旦、中心部から愛撫をはずした。
はあはあ、と方で大きく息をしながら花月はホッと力を抜く。
けれど、中におし入ってきた十兵衛の指に息をまたつめる。
「んんっ…」
花月自身の粘液でぬれたその指は冷たく、それでいて優しかった。
ゆっくりと花月をならそうとするその動きにか細く声をあげながら花月は必死で十兵衛の指を追った。
「花月…足を…」
「ん……」
呻かれた言葉に羞恥を殺して少しだけ足を開いた。
「あっ…やっ…」
それを十兵衛は左足首を掴みもう少し開いて固定する。
花月は恥ずかしさに閉じようとしたけれど、動き始めた十兵衛の指のが奏でる甘い疼きにさらわれ、気にならなくなってしまった。
湿った音が聞こえはじめること、ようやく十兵衛はならすのを止めた。
花月はといえば、十兵衛の愛撫はよくあるものの決定的なものではなく焦らしに焦らされた状態となっていた。
「んっ…あ…じゅう…べぇっ…」
整わない呼吸と上下する薄い胸を見ながら十兵衛は花月の足を肩に抱え上げた。
「いいか…?」
一応聞いてくる。
律儀だなあ、といつもなら返すところだろうが今はそんな余裕はない。
こくこくと首をたてに振るのが精一杯だった。
「んっ…や…く…ふうっ…」
徐々におし入ってくる熱い固まりに花月はきゅっと唇を噛んだ。
痛みがないと言えば嘘になる。
必死で悲鳴をかみ殺した。
ゆっくりと入ってくるそれはただただ熱く内側からとかされてしまいそうであった。
「力を抜け…花月…」
入ってくる熱さに固まってしまっている花月の背中を優しく撫でてやる。
すると花月はこわごわながら力を抜く。
「あ…やっ…っっ」
その瞬間を見計らって十兵衛はぐいっと押しはいった。
花月のからだが大きく仰け反る。
腰骨から溶けて行きそうなその感覚に理性を手放すまいと花月は必死で抗う。
「あ…十兵衛…っ」
縋るようにのばされた花月の手を指と指をからめることで押え、十兵衛はゆっくりと動き出した。
「あ…ああっ…や…はぁんっ」
徐々に激しさをます十兵衛の動きに突き動かされ、切れ長の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「ああっ…、やっ、あくっ…はっ…ぁんっ」
引いては押し寄せる波に翻弄される花月。
「ああっ!あ…ひっ…やぁんっ」
とうに限界をこえていた花月はすぐにでも達してしまいそうだった。
十兵衛の仕種一つ一つにこれ異常ないくらい追い詰められ、理性を直に刺激するような声をあげる。
「あ…じゅう…じゅうべえっ…も、もうっ…っ」
「俺もだ…。」
十兵衛も時節眉を寄せたえるような表情をする。
花月の限界を訴える言葉に十兵衛は突き崩すように動きを強めた。
「ひっ…も…もうだめぇっ、--------っっっ!!」
追いこし追付かれたのはどちらか。
叩き込まれた刀身にとどめを刺され、花月は大きく身体を震わせながら遂情した。
その瞬間内部にある十兵衛自身も強く締め付け、十兵衛も花月の内部に放った。
「は…ぁ……」
小さく身体を震わせながら花月が艶かしい声をあげる。
その声はもう一度という十兵衛の思いを誘うもののそれは花月思いな十兵衛のこと。
己自身をゆっくりと引き抜き花月を楽な姿勢にしてやる。
思いとどまり優しく花月の名を呼んでやった。
「花月…」
目を閉じ余韻に震えながら浅く空気を貪っていた花月はそのぬれた瞳をゆっくりと開いた。
二人して目があった瞬間、花月は幸せそうなとろけるような微笑みを見せた。
涙にぬれた瞳はつややかで、今していた行為とは裏腹に妖艶さは見えない。
どちらが先に動いたのか、自然に二人は唇をあわせていた。
「十兵衛…大好き…」
返答を唇にのせ十兵衛は更に唇を深く重ねた。






「明日…例の場所にいってみようかとおもう…。」
さっきまでの情事はうそのように色素の薄い身体を、シャツ一枚で隠しなだら花月は言った。
雷帝がいるという中枢地区。
最近派手に噂がたっている。
隣の地区を仕切る者として偵察して置きたいと花月はいっているのだ。
「分かった」
十兵衛は短く答えた。
言い出したら聞かないのは昔からのことなのでとめない。
それでも、ちゃんと自分にいってくれることが十兵衛はうれしい。
それでも心配は心配。
「貴様一人ではいくなよ。俺も行く。」
と言ってみる。
「大丈夫。一人で行くからこそ意味があるんだよ。2人でいったら警戒されてしまうよ。」
花月は『本当に過保護だなあ』というように苦笑する。
尚も油断するな、怪我をするな、など本当に心配そうにいってくる。
思われていることに幸せを感じる。
思っていることにに幸せを感じる。
もっともっと深く思って思われてただそれだけで溶けてしまいそう…。
花月はくるりっと踵を返すと十兵衛の横にちょんと座った。
「ねえ、十兵衛…もう1回…しようか?」


>>>>>END




B*B様から頂いた十花です♪
「激しい十花」でもらぶらぶ、という、何とも難しい
リクエストをしたのに、
ばっちり書いてくださいました!
ありがとうございます♪
それに比べておいらのカット…
いや、なにもいうまい…(泣)






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