Tubthumper and Butterfly
― 説教師と蝶 ―

キャノン鈴木


― 黄泉に置かれた羊の群れ 死が 彼らを飼う
朝になれば正しい人がその上を踏んで行き
誇り高かったその姿を黄泉が蝕む ―




 
薄いカーテンに囲まれた寝台の端に座り、ぎしりと鳴らせる人影。

 男は口元をうっすらと歪めて、そっと花月の頬をなぞる。

そこから、薄桃色の唇、首筋、鎖骨へとゆっくりと乾いた指を下ろしていくと、

形の良い眉がかすかにしかめられて、意識が少しずつ闇より浮上していく。

瞼がどうにか持ち上がるものの、まだ覚めきっていないのか、動くことはせず、

ただ、ぼんやりと天井を見つめている。

「気がついたかね?」

「・・・・・ここは・・・・?」

 掠れた声。ルシファーの存在を認識して問うたわけではないようだが、答えてやる。

「私のテリトリーだよ、オルフェウス。」

「 ?・・・・銀次さんは・・・?ヘヴンさんも・・・」

「彼らなら逃げたようだよ。― 君は置き去りにされた」

そう言うと、僅かに目を見開いて、ようやく記憶がはっきりしてきたのだろう、

敵意を含んだ目でルシファーを確認する。俊樹が負わせた傷で萎えている体とは

対照的に、その双眸はまったく気後れすることなく見つめてくる。

さすが、あの無限城で生き延びてきただけあるといったところか・・・




それも我が力の前では無力に等しいのだが。




「ルシファー・・・僕を捕らえてどうする気だ・・・?」

 愚問ともいえる問いに嘲笑を返す。どう、などと、判りきっているだろう。

― 支配と占領 ―

「そうだな、まずは・・・」

 言って、花月の身体を覆っていたシーツを腰のあたりまで下ろす。

 薄暗い室内に白い肌が浮かび上がる。

 女のようなふくらみのない胸は、それでも充分に官能的で、

思わず漏れるつぶやき。

「美しいな・・、君は。」

「な・・・」

 かなり不快そうな表情をする花月を無視して、所々包帯で巻かれた上半身に手を伸ばす。

胸の飾りを隠す幾筋もの白い布の隙間に指を差し入れ、それを嬲ると、

これから何をされるのかを悟ったのだろう、

動かない身体で抵抗にもならない抵抗をする。

それをふっと口元を歪めて哂ってから、ルシファーは手に入れた新たな駒を侵すべく、

手を動かしていった。







「やっ・・・やめ・・・」

鎮痛剤でも打たれているのだろうか、

腹立たしいくらいに身体は言うことを聞かず、おまけに目の前の敵が与えてくる刺激は妙に

はっきりと伝わってくる。

「あっ・・・や・・・・」

薄く色づいてきた胸の突起に歯をたてながら、しゅるしゅると包帯が解かれていく。

それが身体をくすぐる感触がたまらなくて、顎をそらせると、

首筋に口付けてきつく吸われる。

「くっ・・・」

必死に、声を出すまいとして唇を噛む。心が冷えていくのとは逆に、

肉体は少しずつ熱をもち始めているのが堪らなく厭で、吐き気すら感じるくらいだ。

「あっ!」

再び胸にきつく歯をたてられ、目尻に生理的な涙が滲む。

「・・・可愛らしい色だが少し“紅”が足りないな、もっと君に相応しい

 色にしてあげよう・・」

「ぐっ・・・んんっ!や・・、嫌・・」

がり、と噛まれて、獣かなにかに貪られている様な恐怖感を覚える。

覆いかぶさってくる男の着たスーツのさらさらした感触が、何も付けていない肌に

直接触れてきて、この状況を余計にリアルに感じさせる。

「嫌・・?オルフェウス、君に私を拒絶する権利などない・・・

 口を慎みたまえ。」

「―――っ」

 もがけばもがくほど、ほどけて絡まった包帯が自由を奪っていく。

力の入っていない弱々しい抵抗は、男を煽る程度の役割しか果たさなかった。

 

 

「・・・ふっ・・ぁっ、んんっ!」

焦らすような、それでいて激しい愛撫を受け、花月の力が殆ど抜け落ちた頃を

見計らって、背けられた顔をとらえてその唇を貪る。

「・・あっ・・、やあっ・・」

口腔を犯す舌から逃れようと動く頭を引き寄せて、息もつけない程激しく、深く、

舌を絡ませる。

「――― はっ・・ふぁ・・」

 何度も吸い上げ、開放してはまた貪る執拗な口付けに翻弄されて、

ルシファ−が花月を放した頃には、花月の肢体は内部に灯された熱に火照り、

細い肩が苦しげに上下していた。

「あ・・、あ・・・、」

 消え入りそうな声で喘ぐ花月を、男は冷淡な微笑をもって見下ろす。

「おや・・・、君は随分と快楽に弱いようだね」

――違っ・・・、ああぁっ!!」

 素早くシーツを剥ぎ取り、肢を割る。甲高い悲鳴を上げて身を引こうとするのを、

ぐい、と腰を引き寄せ、怯えに震える双丘を揉みしだくと、羞恥に顔を赤らめる。

 その様子にどうしようもなく加虐心が呼び起こされ、ルシファーは花月の

身体に纏わりついていた包帯を手に取った。

 

――君は仮にも昔ロウアータウンの支配者だった男だ、こちらも敬意を表して 

 用心を怠ることはしないでおこう」

 何を、と涙に濡れた瞳で問いかける花月の二の腕を掴み、傷口に爪を立てる。

「ぐっ・・・」

「ああ、後ろ手に縛る必要はないようだな」

 そう言って花月の華奢な手首をごく弱く、しかし自力でほどくことは出来ないよう

縛っていく。

 包帯が、しゅるしゅると音をたてて、生きた蛇の様に蠢いた。

 

 

 いつもならこんなもので動きを封じられることはないのに。

思ったよりも深い傷を負っているらしいことに気付かされ、愕然とした表情で

天蓋を見つめる。

 

 ―― 十・・兵衛・・ 早く・・・ 僕が呑まれてしまう前に・・・ 

             君を傷つけてしまう前に・・・  早く・・・ ――

 

 睫にからまった涙が、一筋の流れとなって花月の頬を濡らしていった。















人は 栄華のうちにとどまることはできない


屠られる獣に等しい





          



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